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【中止になりました】四日市空襲犠牲者慰霊献花式

問い合わせ番号:15910-8930-4950 更新日:2020年 6月 9日

 広報よっかいち5月下旬号において開催のご案内をさせていただきました「四日市空襲犠牲者慰霊献花式」は中止となりました。

 なお、当日6月18日(火)は慰霊碑に供花すると共に、庁内でも黙とうを呼びかけます。 

 市民の皆様におかれましても犠牲者を追悼し、平和を祈念して当日午前9時から1分間の黙とうをお願いいたします。 

 この機会に、今一度戦争の悲惨さ、平和と命の尊さについて考えてみましょう。 

<四日市空襲について>

 昭和20年6月18日、本市は大規模な空襲に見舞われました。

 太平洋戦争の長期化と深刻な戦況が続く中で、昭和19年にサイパン島やグアム島が陥落すると、米軍による日本本土への本格的な空襲が始まりました。最初は東京や大阪、名古屋などの主要都市が攻撃されました。昭和20年6月、米軍の新作戦によって、空襲の攻撃目標が中小都市に拡大されました。

 18日未明、本市は、浜松市や大牟田市、鹿児島市とともに中小都市空襲の第1回目の攻撃目標とされ、運命の日を迎えました。


 グアム島の近くのテニアン島北飛行場を発進した攻撃機は、硫黄島の上空から伊良湖岬を経て、伊勢湾に到着。本市を攻撃した後、熊野灘に去っていきました。

 米軍の中小都市空襲『作戦任務報告書』によると、このときの攻撃機の総数は89機、18日の午前1時28分から3時5分までの間に、高度2,100メートルの上空から、6~100ポンドの焼夷弾を約3万個、合計567.3トンを投下。全市の35パーセントに当たる約3.18平方キロメートルの市街地が焼失しました。

当時の四日市警察署『沿革誌』によると、この空襲で罹災者47,153人、死者736人、行方
不明者63人、負傷者1,500人。住家の全焼11,140戸、半焼250戸、非住家の全焼1,252戸、半焼165戸と、一夜にして市街地は焦土と化し、多くの市民の尊い生命と貴重な財産が奪われました。

このページに関するお問い合わせ先

健康福祉部 健康福祉課
三重県四日市市諏訪町1番5号(本庁舎3F)
電話番号:059-354-8281
FAX番号:059‐359‐0288

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